伝え方、伝わり方

今日、ずっと気になってたアーティストのアーティストトークに行って来たんですが、インタビューアーとアーティストが噛み合ってないのか、アーティストの話し方が上澄みをすくうような話し方と内容だったからか、何でこんなに面白くないトークなんだろうかと思うほどで、「勿体無い」と思う私にしては早々に引き上げてしまった。

アーティスト本人はなかなか乾いた干物のような見た目なので、そういう話し方だと言われればそうなんだろう。でもあまりにも、本質を付いていない会話ばかりで、アーティストトークを楽しみにきた他の観客はどう思ったことだろうか。

前回の記事のパリ研修。昨年まで、わたしが在校していたが当時の校長先生が引率でいらしていた。もう80歳を超えるお歳なので、去年で引退された。

私はこの先生には思入れが深く、中国の高校との美術交流第一弾の時もこの先生が団長として率いる交流団に参加し、先生の感じること、文化のことなど近くでお話を伺い、いまでもその影響を深く持っている。

本で読んだことや聞いてわかったことを自分のようにうまく話す人はいっぱいいて、私にとって、どうしてもその人たちの話すことは、フワフワと飛んでいく綿毛のように重さがなく、もしくは、ペラペラと風になびくような軽さしか感じられない。

しかしその先生の話すことは、話し方は、まさに「僕は、本当に、このことに心から感じて」「そしてそれを一生懸命考えて」「そして僕の言葉でその感動を伝える」という感じがひしひしと伝わってくるので、どうしても言葉の一つ一つに重みが出る。きっと、上に書いた人たちと同じようなことを伝えているのかもしれないけれど、どうしてもその先生の話はグイグイと聞き入ってしまうし、そして聞いている人々の心を打つ。

月に一度か学期に一度か覚えていないけれど、全校朝礼があり、先生のお話を聞くことが何度もあった。いつも短な話、私たちにも先生にも短な内容で、騒ぎたい年頃の女子たちは、いつの間にか静まり返り、しんと先生の話を聞いたものだった。それぐらい聞き応えもあるし、話し方も惹きつけられるものがあった。

いつも先生はニコニコしてらっしゃるけれど、話している時もニコニコしていて、とても楽しそうだった。楽しそうな雰囲気が見目共々伝わると、聞いている方も楽しいし、ついついどんどん聞いてしまうものだ。先生の垂れた目尻ももっと垂れ、深いシワももっと深くなりそうなほどニコニコと話していた。

先ほどのアーティストは、質実剛健な、硬い顔で話していた。それも大きな違いかもしれない。

アーティストとして、魅力的な作品を生み出す人として、結局作品が一番大事かもしれないけれど、ああいったアーティストトークを聞くと、なんとなくそのアーティストの作品から遠ざかってしまう。

逆に、先生が個展をされていると見つけたら、飛んでいく。

結局人間として魅力的なことも(少なくとも私にとっては)大事なことだと思う。

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